「毎日の努力はずっと続けていれば必ず報われる。その遙か彼方の一本のろうそくの灯りにたどり着くことができる。」
この言葉は、イチローの父、鈴木宣之氏の言葉です。
(鈴木宣之氏著『父と息子』による)
イチローの子供時代は、父なしでは語れません。
幼い頃からプロ野球選手という目標を持ち、それに向かって誰よりも努力してきたと有名なイチローですが、その陰には常に父の支えがあったのです。
3歳で野球をはじめてから、野球三昧の日々を送ってきたイチロー。
帰宅後、明るい間は町営のグラウンドで、日が落ちてからは、バッティングセンターで練習。
イチローは小学3年生から中学3年生までの7年間、ほぼ毎日、名古屋空港近くのバッティングセンターに通った。
イチローによると1ゲーム25球、それを平均して5ゲーム行った。
つまり、1日あたり125球のボールを打った計算になる。
多い日には10ゲーム、つまり250球も打ち込んだ。
これはプロ野球でいうところの“特打”に匹敵する球数である。
そこにはいつも父の姿が共にありました。
厳しくはなく、褒めることでイチローを伸ばしたそうです。
朝晩息子の足裏マッサージをするのも日課だったとか。
長時間の練習は体力的、精神的に厳しいものだったでしょうが、この二人三脚があったからこそ練習を継続することができたのでしょう。
イチローは小学校の卒業文集に、「夢」という題で作文を書いています。
はじめにプロ野球選手になるという夢、次に、夢を叶える経緯が書いてあり、最後には、叶えた時にしたいことまできちんと書かれています。
小学生とは思えないみごとな思考回路です。
夢や目標を明確にし、それを文章にすることが夢を叶える第一歩だと言われます。
イチローは子供の頃から、既にそれを実践していたのですね。
また、夢があったから努力を続けられたのではないかと感じさせられる作文です。